次男が不登校になりまして【59】追いつめられて家出した私

不登校関連

不登校の子どもを支える親は、いつも強くいられるわけじゃない。

むしろ、誰にも言えないほど追いつめられることもある。

この時の私は、完全に限界だった。

母親なのに、家を飛び出してしまった。

行き先も決めず、ただ逃げるように。

今日は、あまり人には言えない、あの時のことを書こうと思う。

※当記事内にはアフィリエイトリンクが含まれており、購入時に収益が発生する場合があります。

限界だったあの頃

次男の不登校が続いていた頃、家の中の空気はずっと重かった。

どう接すればいいのか。何を言えばいいのか。

親として、何が正解なのか、まったく分からなかった。

「このままでいいの?」

「私の育て方が悪かったの?」

そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回っていた。

外では普通に仕事をして、明るく笑っているのに、

家に帰ると胸が苦しくなる。

心の逃げ場が、どこにもなかった。

母親なのに逃げたくなった

ある日、とうとう心が耐えきれなくなった。

何か特別な出来事があったわけじゃない。

毎日、酷い言葉で怒鳴られたりはしていたけれど。

ただ、ずっと溜まっていたものが、一気に溢れた。

「もう無理かもしれない」

そう思った瞬間、私は家を出ていた。

母親なのに。

子どもを置いて。

頭では分かっているのに、その場にいることができなかった。

これまでに、何度も思ったのだ・・・

次男に対して「もう無理」と。

それでも、ひたすらに耐えてきた。

ただ・・・その時は何かが違った。

「逃げろ」と、何かが私に叫んだ気がした。

行き先のない家出

車に乗り込み、走り出した。

どこへ行くかなんて考えていない。

ただ、この場所から離れたかった。

走りながら、涙が止まらなかった。

「私は何をしているんだろう」

自分を責める気持ちと、それでも逃げたい気持ちが、

ぐちゃぐちゃになっていた。

あの時の私に言えること

あの頃の私は、

「母親として失格だ」と思っていた。

でも今なら思う。

あれは、逃げたんじゃない。

壊れないための、必死の休息だったんだと。

不登校の親も限界になる・・・同じように苦しんでいる親へ

不登校の子どもを支えることは、想像以上に苦しい。

親だって人間だから、限界がくることもある。

逃げたくなる日があってもいい。

泣いてしまう日があってもいい。

それでも、親子の時間は続いていく。

そして今、次男は自分の道を見つけて歩き出そうとしている。

あの苦しかった時間も、きっと無駄じゃなかったんだと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました